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第5話 教えておきたいことがある

 ウィーン、ウィーン

入江紀美子はテーブルの上に置いている携帯電話の振動で思考が引き戻された。

母の主治医の塚本悟からの電話を見て、慌てて出た。

「塚本先生!母に何かあったのですか?」紀美子は心配して確認した。

塚本「入江さん、今病院に来れますか?」

電話の向こうの声が明らかに何かがあるように聞こえて、紀美子はパッと立ち上がり「はい!今すぐ行きます!」

ニ十分後。

シャツ一枚姿の紀美子は病院の入り口の前で車を降りた。

冷たい風に吹かれ、紀美子は思わず嚏をして急いで入院病棟に向った。

エレベーターを出てすぐ母の病室の入り口にレザーのジャケットを着ている男が見えた。

男の口元にはタバコがくわえられていて、挑発的な口調で塚本に話しかけていた。

その男を見て、紀美子は両手を拳に握り、急いで病室に向って歩き出した。

彼女の足音を聞いて、医者の塚本と男の人はこちらに振り向いた。

紀美子を見て、男の人はクスっと笑った。

「これはこれは、入江秘書様のお出ましか!」

紀美子は塚本に申し訳なそうな眼差しを送り、そして男の人に冷たい声で、「石原さん、この間も言ったでしょ、借金の取り立てであっても病室まではこないように、と」

石原はくわえているタバコのフィルターを噛みしめ、「お前のオヤジさんがまた消えちゃったんで、ここまでくるしかなかったじゃんか」

紀美子は怒りを我慢して、「今回はいくら?」と石原に聞き返した。

「そんなに多くないさ、利息込みで80万!」

「先月までは40万だったのに!」

「その話はお前のオヤジに聞け、借用書はこっちだ、お前のオヤジの筆跡は分かるよな?俺はただ借金の取り立てに来てるだけだ」石原はあざ笑って紀美子を見つめた。

石原はそう言って紀美子に借用書を見せた。

紀美子は怒ってはいるが、反論する理由が見つからない。

父はギャンブルにハマったろくでなしで、しょっちゅう借金を作って博打に使い、ここ数年は借金の金額が増える一方だ。

借金の返済日になると、この借金取りたちが母の病院に来ていた。

母は今刺激を受けてはならないと考え、紀美子は怒りを抑えて「分かったわ!」

「金は渡すから!けど今度また病院まで取り立てにきたら、今後は一銭も渡さないからね!」

言い終わると、紀美子は携帯電話から石原のLINEのアカウントを見つけ、80万円を送金した。

金を受取り、石原は携帯を揺らしながら颯爽とこの場を離れた。

塚本先生は紀美子に心配そうに見て、「入江さん、このままではどうにもなりませんよ。プレッシャーがどんどん大きくなりますから」

「なんといっても、あの人は私の父親ですから」紀美子はが笑った。

実は三年前、父が彼女をあの中年の男達に売った時、彼女は父と親子関係を解除し、もう彼の尻拭いをしないと決めていた。

しかしその後、母が病にかかり、父の心配をして夜な夜な眠れない姿を見て、紀美子はどうしてもその決定を貫けなかった。

この世の中は、どんな関係でも絶つことはできる。

しかし親子の血縁関係は絶てない。

紀美子の真っ青になった顔を見て、塚本は眉をよせ、「具合が悪いのですか」と心配そうに聞いた。

「いいえ、大丈夫です…」

紀美子は首を振ったが、急に眩暈がして、倒れそうになった。

塚本は慌てて彼女に手を伸ばして支えようとしたが、彼女の熱い肌に触れ、少し驚いた。

「入江さん、熱が出ているのではないですか?」

普段謙虚で優しそうな顔には、珍しく呵責の顔色を見せた。

紀美子は手を引き、熱くなった額に手を当てて確かめた。「多分最近は仕事が忙しくて少し風邪をひいたのかもしれません。後で薬を飲んでおきますから、大丈夫です。ちょっと母の様子を見てきます」

そう言って、彼女は病室に入った。

病室の中、母が病気で凹んだほほを見て、紀美子は心が痛んだ。

彼女は素早く両目を瞬き、気持ちを整理してから母に声をかけた。「お母さん、今日の点滴は終わったの?」

ベッドにいる入江幸子はゆっくりとこちらに振り向き、紀美子を心配そうに見つめた。「お父さんのことでまた迷惑をかけたわね」

紀美子は気にしないふりをして、「家族だから、大丈夫」と軽く笑ってごまかし、幸子の水筒に少しお湯を足した。

しかし幸子にとって、娘の物分かりが良ければ良いほど、自分の心が痛むのだった。

幸子は暫く黙り込んでから口を開いた。「紀美子、もうこの家を出よう、ね」

紀美子は水筒を持っている手が少し震え、「もうそんなことは言わないで、おあたんは私の母親だから、絶対に見捨てたりはしないから」

「お父さんの借金で押しつぶされちゃうわよ!」幸子は急に激昂した。

紀美子はわざと気楽そうに軽く笑い、「お母さん、実は給料けっこう貰ってるし、お母さんたちが私をここまで育ててくれた恩を、親孝行をして返すのは、あたりまえなことじゃない?」

幸子は眉を寄せ、厳しい声で「自分の人生を壊してまで親孝行する必要はないわ!私はこの体がどこまで持つか分かっているの。もう助からないのよ!まだ私の言うことを聞いてくれるなら、今すぐ戸籍を移動して!」

「お母さん!」紀美子は慌てて幸子の手を握り、「約束する、私は必ず自分のことに気をつけるから、それでいい?」

幸子は娘を見つめ、曇った眼底から辛さがあふれた。

しかしこれだけ高額な借金を娘に一人で背負わせるなど、到底できなかった。

幸子は自分の夫の素性がよく分かっている。人生の半分をギャンブルに費やす、救いようのないろくでなしだった。

ここまで考えると、幸子はイラつきを抑えるように目を閉じ、「紀美子、一つ教えておきたいことがあるの」

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